記事一覧

「偏差(3)ー自信、信念、確信ー」

  お盆を過ぎた頃、坐禅をしに禅寺へ行った。この前和尚さんから受けた指導内容はこうだ。『呼吸が出来てきたら、耳を澄ませる。虫の音、鳥のさえずり、木のせせらぎ。自然と一体になる。』この日は、先日の偏差も治まり、『呼吸と言うかコツ』も習得して、とても調子が良い。何だかよい坐禅が出来そうだ。 本堂では、和尚さんが夏の催し物の後片付けをしていた。和尚さんの作務の邪魔はせず、真っ直ぐに座布団の方へ向かった。...

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子どもと道場へ

  大人と子どもが同じ時間の稽古日に、子どもを道場に連れて行った。子どもはまだ3歳になる前。以前先生に「子ども、遊びに連れて来なよ」と言われた。この先の昇段審査終わったぐらいかな、と思っていが、帰宅途中、帰宅後すぐに道場へ行くつもりの時、今日がそのタイミングじゃないか、と思った。 僕が帰って来て、子どものテンションはマックスだった。道場へ行く準備を整え、車に乗せた子どものテンションは高くなかった。...

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まちがいない?武道修行、今後。

  実は呼吸というかコツがわかったのは今年の7月14日だった。そこから確信が持てるまでに約1ヶ月かかった。そして今、僕が今までやって来た鍛練は、鍛練ではなかったと思うようになった。僕がやっていたことは、自分の不安を軽減させるため、不安を感じる心の弱さを補うための単なる運動だった。たんれん【鍛錬・鍛練】体力・精神力・能力などを鍛えて強くすること。金属を打ってきたえること。**参考:weblio辞典http://www.we...

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クロスロード。

  本人の意思は関係ない。結局は良いことをする人物がいる。その方は、たぶん修行者ではない。しかし天性の勘・素質みたいなもので行動されている。その方の言うとおりに、何の解釈もせずに行動すると、副産物で別の良いことが起こる。本当は単に一人になりたいだけなのかもしれない。「ここはいいから休憩しておいで。」この方の言葉には間違いはない。僕は言われたとおり、休憩しに場所を移した。休憩と言えばストレッチ。もし...

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「武道・武術談義(一)」

 この世の中には、武道・武術の技術を記した作品が出回っていて、出尽くしていると僕は思う。ただ少しのボタンの掛け違いがあって、うまく伝わっていないことが多い。例えば、出来るようになった人に、伝える気持ちがない場合がある。これで伝わらないのは当然であり納得できる。逆に伝える気持ちや意欲が相当く、クオリティの高い作品を出していても、今一つ伝わらないことが多い。本当はもっと評価されても良いものが世の中に、...

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